萎凋病耐性大玉トマト
萎凋病とは
萎凋病は、糸状菌の一種であるFusarium oxysporum f. sp. lycopersici(フザリウム・オキシスポルム菌)によって引き起こされる、トマト栽培において最も影響力の大きな土壌伝染性病害のひとつです。
感染は主に根の傷口から始まり、菌が道管内(植物体内で水分を運ぶ管)を塞ぐことで株全体の水分輸送が障害されます。外観上の症状としては、下位葉から始まる萎凋(しおれ)と黄化が特徴で、病状が進行すると株全体が枯死します。茎を縦断してみると、道管部が褐色に変色していることが確認できます。これが萎凋病の診断上の重要なサインです。
萎凋病菌には現在、レース1(Fol1)とレース2(Fol2)の2系統が国内で確認されており、レース1は以前から全国的に広く分布しています。レース2はレース1への耐病性品種の導入が進んだ後に問題化した系統で、耐病性の有無を確認する際はどのレースに対応しているかを把握することが重要です。
なお、萎凋病は名称が似た「半身萎凋病」や「根腐萎凋病」と混同されることがありますが、病原菌が異なるまったく別の病害です。この点については後述します。
萎凋病耐病性の区分
種苗メーカーのカタログでは、萎凋病耐病性は主に以下の形式で記載されています。
HR(高度耐病性)とIR(中程度耐病性)の区分:
- HR(High Resistance): 通常の病原体密度の条件下で、発病をほぼ抑制できる高い耐病性を示します
- IR(Intermediate Resistance): 感受性品種と比べて発病が抑制されますが、条件によっては発病する可能性があります
レース対応の記載例:
- 「Fol: 1, 2」→ レース1・レース2の両方に対応
- 「Fol(レース1, 2)HR」→ 高度耐病性
- 「F(1, 2)」→ 国内の一部カタログでの省略記法
品種選びで見落としがちなのが、このレース区分の確認です。「萎凋病耐病性あり」と記載されている品種でも、レース1のみ対応でレース2には弱い場合があります。圃場でどのレースが問題になっているかを地域の農業普及指導センター等に確認しておくことが、品種選びの精度を高めます。
大玉トマトで萎凋病耐病性を持つ品種は146品種中約89品種(約61%)に及び、現在では主要品種の大半がこの耐病性を備えています。代表的な品種としては、タキイ種苗の「桃太郎J」(CF桃太郎Jシリーズ)、サカタのタネの「麗妃」「れおん®」などが挙げられます。
萎凋病への対策の歴史
トマト萎凋病は戦前から日本のトマト産地で記録されており、特に施設栽培が普及した1960〜70年代に深刻な被害をもたらしました。連作が行われる施設圃場では土壌中の菌密度が年々高まり、被害が蓄積する問題がありました。
ここからが実際の栽培で差がつくところです。耐病性品種が開発される前は、クロルピクリン等の土壌くん蒸剤による消毒が主な対策でしたが、コストと環境負荷の面で課題がありました。また、耐病性台木への接ぎ木栽培も有効な手段として普及しました。
その後、品種改良によってレース1に対するHR品種が育成され、産地での萎凋病被害は大きく減少しました。しかし、HR品種の普及が進むにつれて選択圧がかかり、レース2が問題化するようになったのが1990年代以降のことです。現在では、レース1・2の両方に対応したHR品種が主流となっています。
意外と知られていないのですが、萎凋病菌は土壌中で厚膜胞子(クラミドスポア)の形態で長期間(10年以上ともいわれる)生存することができます。一度圃場に定着した菌を完全に除去することは非常に難しく、耐病性品種の利用を含む継続的な対策が不可欠です。
耐病性の限界と注意点
萎凋病耐病性品種を導入しても、それだけで完全に防除できるわけではない点を理解しておくことが重要です。
まず、土壌中の菌密度が極めて高い場合には、HR品種であっても発病することがあります。長年にわたって萎凋病が多発してきた圃場では、土壌中の菌密度が非常に高くなっているケースがあり、品種の耐病性だけで対処することには限界があります。
次に、新レースの出現リスクがあります。現在対応しているレース1・2以外の系統が出現した場合、既存の耐病性品種が有効でなくなる可能性があります。定期的に品種特性情報の更新を確認し、地域の病害情報をフォローすることが大切です。
また、萎凋病(Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici)と半身萎凋病(Verticillium dahliae)、根腐萎凋病(Fusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersici)は別の病原菌による別の病害です。萎凋病耐病性の記載は萎凋病にのみ有効であり、半身萎凋病や根腐萎凋病に対する耐病性は別途確認が必要です。これら3つの病害を混同すると、耐病性品種を導入しても想定外の発病が起きることになります。
産地によって事情が異なるので一概には言えませんが、複数の土壌病害が混在する圃場では、各病害への対応状況をカタログで個別に確認することが欠かせません。
防除のポイント
萎凋病の防除は、耐病性品種の利用を基本としながら、土壌管理・耕種的対策・化学的防除を組み合わせた総合防除(IPM)の考え方で取り組むことが重要です。
耕種的防除:
- 輪作: イネ科作物(水稲、スイートコーンなど)との輪作により、土壌中の菌密度を低下させることが期待できます。少なくとも3〜4年の輪作サイクルを設けることが望ましいとされています
- 接ぎ木栽培: 萎凋病に強い台木品種への接ぎ木は、耐病性をさらに高める有効な手段です。台木の耐病性レベルも確認して選択することが重要です
- 土壌pH管理: 土壌pHを適正範囲(6.0〜6.5前後)に維持することで、菌の活動を抑制する効果が期待できます
- 残渣の適切な処理: 発病した植物体は圃場外で処理し、菌の再感染源をなくすことが基本的な対策です
化学的防除:
- 定植前の土壌くん蒸(クロルピクリン、ダゾメット粒剤等)による菌密度の低下
- 定植時の土壌灌注による初期感染の抑制
※農薬の使用にあたっては、必ず最新の農薬登録情報を確認し、ラベルの記載内容に従ってください。
現場の声
施設トマト産地では、萎凋病耐病性品種の導入が産地の維持に大きく貢献した事例が各地で報告されています。
かつては毎年のように萎凋病による枯死株が発生し、圃場全体が壊滅的な被害を受けることもありました。耐病性品種への切り替えと土壌くん蒸の組み合わせにより、被害を大幅に抑制できた産地が多くあります。
一方で、耐病性品種を長期間使い続けたことで新レースが問題化し始めた産地もあります。農業者からは「以前は萎凋病耐病性だけ確認すれば十分だったが、今はレース1・2の両方への対応とともに、半身萎凋病や根腐萎凋病への対応も合わせて確認するようになった」という声が聞かれます。
また、台木への接ぎ木との組み合わせで耐病性を重ねることで、土壌病害への耐性を底上げする取り組みも広まっています。品種と台木の両面から耐病性を確認することが、現在の施設トマト生産での標準的なアプローチになってきています。
まとめ
萎凋病はFusarium oxysporum f. sp. lycopersiciによる土壌伝染性病害で、大玉トマト栽培における最も重要な病害のひとつです。国内ではレース1・2への対応が必要で、主要品種の約61%がこの耐病性を持ちます。
品種選びの際は、レース1・2の両方に対応しているかを確認することがポイントです。また、萎凋病・半身萎凋病・根腐萎凋病は病原菌が異なる別の病害であるため、それぞれの耐病性を個別に確認することが重要です。耐病性品種の導入を軸にしながら、輪作・接ぎ木・土壌くん蒸を組み合わせた総合的な防除体系を構築することで、安定したトマト生産を実現できます。
萎凋病耐病性を持つ大玉トマトの品種一覧は、ミノリスの品種検索からご確認いただけます。