PMMoVとは
PMMoVは、Pepper mild mottle virus(ペッパー マイルド モトル ウイルス)の略称で、日本語では「トウガラシ微斑ウイルス」と呼ばれます。ピーマン・トウガラシ・シシトウなどのナス科トウガラシ類に感染するウイルス病の原因病原体で、国内のピーマン産地では長年にわたって問題になってきた重要病害です。
感染した株は、葉にモザイク(濃淡のまだら模様)や縮葉などのウイルス症状が現れ、生育が停滞します。果実にも感染して果皮に褐変・壊疽斑点が生じ、商品価値が大きく損なわれます。「えそ障害」とも呼ばれる果実の褐変は、出荷選別での排除対象となり、収量・品質の両方に深刻な影響を与えます。
PMMoVの最大の特徴は、感染力が非常に強く、種子伝染することです。感染した種子を介して苗の段階でウイルスが持ち込まれるほか、育苗・管理作業中の手指・農具・喫煙者の手などを介した接触感染(汁液感染)でも広がります。昆虫媒介ではなく接触・汁液感染が主要な伝染経路であるため、衛生管理が特に重要です。
また、PMMoVウイルスは非常に安定したウイルスで、土壌中や乾燥した植物残渣の中でも長期間感染力を保ちます。煙草(タバコ)にも感染するため、喫煙者がウイルスを持ち込む「煙草病」としても知られています。
耐病性の区分:L遺伝子とレース
PMMoVへの抵抗性を理解する上で最も重要なのが「L遺伝子」とウイルスの「レース(病原型)」の関係です。ここからが実際の栽培で差がつくところです。
ピーマン・トウガラシにはPMMoVに対する抵抗性遺伝子(L遺伝子)があり、L1・L2・L3・L4の4つの遺伝子型が知られています。これに対してPMMoVにも複数の病原型(P0・P1・P1,2・P1,2,3)があり、各病原型に対応できるL遺伝子型は以下の通りです。
| L遺伝子型 |
対応できる病原型 |
| L1 |
P0のみ |
| L2 |
P0・P1 |
| L3 |
P0・P1・P1,2(国内では「L3型」が主流) |
| L4 |
P0・P1・P1,2・P1,2,3(より広範に対応) |
台木カタログに「PMMoV-L3型」「PMMoV(P1.2)抵抗性」「L3遺伝子保有」などと記載されているのは、この遺伝子型を示しています。国内のピーマン産地で問題になっている主な病原型はP0〜P1,2であるため、L3型の台木が広く普及しています。ただし、L3型抵抗性を越えるP1,2,3病原型の出現も一部地域で報告されており、L4型の台木も開発・普及が進んでいます。
非常に重要な注意点として、台木のL遺伝子型と穂木のL遺伝子型を一致させる必要があります。 例えばL3型台木にはL3型抵抗性を持つ穂木を組み合わせます。L遺伝子型が異なる組み合わせでは、えそ障害(台木と穂木の非親和反応による枯死)が起きることが確認されています。
歴史と豆知識
PMMoVはかつて「TMV(タバコモザイクウイルス)」の一系統として扱われていた時期があり、「TMV-P系統」や「ToMV(トマトモザイクウイルス)」と混同されることもありました。現在は独立したウイルス種(Pepper mild mottle virus)として分類されています。
日本のピーマン産地でPMMoVが深刻な問題となったのは1960〜70年代とされており、それ以降、耐病性品種の育種が積極的に進められてきました。L遺伝子に基づく抵抗性の育種は、作物育種の歴史の中でも重要な成果の一つです。
農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)が育成した台木品種(台助シリーズなど)はL3型またはL4型のPMMoV抵抗性と青枯病・疫病への複合抵抗性を持つものとして開発され、現在でも多くの産地で利用されています。また、民間種苗メーカーも独自にL3型・L4型の複合抵抗性台木を開発しており、選択肢は年々広がっています。
意外と知られていないのですが、PMMoVは煙草製品(紙巻き煙草など)の中にも存在することがあります。喫煙後に手を洗わずに作業するとウイルスが植物に伝染する可能性があり、これがピーマン産地での「煙草病」の由来です。育苗・管理作業前の手洗いは、PMMoV防除の基本的かつ重要な衛生措置です。
耐病性の限界と注意点
PMMoV耐性台木を利用する上で、以下の点を理解しておくことが大切です。
台木のL遺伝子型と穂木のL遺伝子型の組み合わせを間違えると、えそ障害や枯死が発生します。 これは最も重要な注意点です。例えばL4型台木にL3型の穂木を接いだ場合、または逆の組み合わせの場合、接ぎ木後に接合部付近でえそが生じ、苗が枯れることがあります。台木と穂木の品種カタログを必ず照合し、L遺伝子型の一致を確認してから栽培計画を立ててください。
L遺伝子型が同じでも、産地で問題になっている病原型によっては抵抗性が崩壊することがあります。 L3型抵抗性品種でもP1,2,3病原型(L3を越える病原型)には抵抗できません。産地で高病原型のウイルスが確認されている場合はL4型台木の導入を検討してください。
接触・汁液感染への対策は台木では防げません。 台木の役割は主に根からの土壌感染経路への抵抗性です。育苗・管理作業中の接触感染は台木の耐病性では防ぐことができないため、作業時の衛生管理(手洗い・農具の消毒・喫煙管理)が別途必要です。
種子消毒の徹底が前提です。 PMMoVは種子伝染するため、播種前の適切な種子消毒(温湯消毒など)が感染防止の第一歩です。
防除のポイント
PMMoV防除は、耐病性台木・穂木の組み合わせを中心に、衛生管理を徹底して行います。
L遺伝子型の一致確認: 台木と穂木のL遺伝子型を必ず一致させます。カタログ・種袋の記載内容を確認し、不明な点は種苗メーカーに問い合わせて確認します。
育苗時の衛生管理: 育苗ハウスへの無関係な人の立ち入りを制限します。作業前に必ず石鹸で手を洗い、喫煙後は特に念入りに洗浄します。育苗培土には新品または高温消毒済みのものを使用します。
農具・資材の消毒: 誘引・整枝などに使う刃物や農具は、圃場間での使用前後に消毒(70〜80%アルコール、リン酸三ナトリウム溶液など)します。
発病株の早期除去: 発病が確認された株は速やかに除去し、圃場外に持ち出して処分します。発病株の残渣を圃場に残すとウイルスが圃場に蓄積されます。
種子消毒の実施: 自家採種する場合は特に注意が必要です。市販の種子も購入前に種子消毒の実施状況を確認することが望ましいです。
薬剤防除について: ウイルス病に対する直接の治療薬は現在登録されていません。弱毒ウイルスを利用したバイオ農薬(ワクチン)が一部の作物・地域で利用されていますが、使用にあたっては最新の登録情報を確認してください。
※農薬の使用にあたっては、必ず最新の農薬登録情報を確認し、ラベルの記載内容に従ってください。
現場の声・実態
産地によって事情が異なるので一概には言えませんが、岩手・茨城・高知・宮崎などのピーマン主産地では、L3型の複合耐病性台木(PMMoV耐性+青枯病耐性+疫病耐性)の利用が定着しており、かつて深刻だったPMMoVの被害が大幅に軽減されたという評価が各産地から聞かれます。
現場では、「台木のL遺伝子型を確認し忘れてえそ障害が出た」という失敗事例も散見されます。特に新しい穂木品種を導入した際や、台木を変更した際に起きやすい事故です。台木と穂木の組み合わせ確認は、接ぎ木育苗の最初のステップとして厳守する必要があります。
L4型台木は、L3型よりも幅広いウイルス病原型に対応できますが、現時点ではL3型台木が国内産地で広く使われています。L4型対応の穂木品種の普及状況も踏まえながら、産地の実態に合った組み合わせを選ぶことが重要です。
また、施設ピーマンの長期栽培では、育苗から定植後の生育期まで長期間にわたってウイルス管理が必要なため、「農場全体の衛生管理マニュアルを整備している産地が増えている」という声も聞かれます。
まとめ
PMMoV(トウガラシ微斑ウイルス)は、ピーマン・トウガラシ産地で長年にわたって問題になってきた重要ウイルス病です。L遺伝子型に基づく耐病性台木の利用と、台木・穂木のL遺伝子型の一致が防除の核心です。
品種選びのポイントを整理します。
- 台木のL遺伝子型(L3かL4か)を必ず確認し、穂木と一致させる
- 産地で問題になっている病原型(P1,2かP1,2,3か)を把握してL遺伝子型を選ぶ
- PMMoV耐性と青枯病・疫病耐性の複合耐病性台木が産地では標準的
- 接触感染への衛生管理は台木に依存せず徹底する
- 育苗時から定植後まで一貫した衛生管理体制を整備する
台木による防除と衛生管理の組み合わせが、PMMoV被害を最小化する現実的な方法です。台木の品種一覧は台木の品種ページからご確認いただけます。