すす紋病耐性トウモロコシ
すす紋病とは
すす紋病は、糸状菌(カビの一種)によって引き起こされるトウモロコシの葉の病害です。病原菌はSetosphaeria turcica(アナモルフ名: Exserohilum turcicum、旧名 Helminthosporium turcicum)で、農林水産省所管の農業生物資源ジーンバンクが公開する日本植物病名データベースにも登録されている、国内で古くから知られた病害の一つです。
病斑は下位葉から発生し、紡錘形の大型の斑点として現れます。タキイ種苗の症状解説では、病斑は小さくても長さ5cm程度あり、大きいものは10cmを超えることも多いとされています。進行すると病斑の中心部が黄褐色〜灰褐色に変わり、周縁部は帯状に暗色を帯びます。複数の病斑が融合すると葉全体が枯れ上がったような外観になり、遠目には葉がすす(煤)で汚れたように見えることが、病名の由来です。
感染は主に降雨や結露による葉の濡れを介して起こります。農研機構の研究では、病原菌が胞子を形成するには相対湿度90%以上の状態が10時間以上持続し、その間の平均気温が15℃以上であることが必要とされています。さらに葉上での感染成立には、気温17〜24℃の範囲で9〜18時間程度の湿潤時間が必要とされ、気温が高いほど必要な湿潤時間は短くなる傾向があります。こうした条件がそろいやすい梅雨時期や秋雨の時期、朝露の多い冷涼地では発生リスクが高まります。特に北海道や東北など、飼料用・スイートコーン用トウモロコシの主産地となる冷涼多湿地域で被害が問題になりやすい病害です。
発病して葉面積が大きく損なわれると、光合成能力が低下し、子実の登熟不良や収量減につながります。開花期前後から病勢が進む年は、収量だけでなく子実や穂の品質にも影響が及ぶことがあります。
すす紋病耐性の区分
品種カタログでは「すす紋病に強い」「すす紋病耐病性」といった表記で耐性の有無が示されますが、耐病性の強さの程度は品種によって差があります。トマトのTYLCVのようにHR(高度耐病性)・IR(中程度耐病性)という国際的な区分表記が明確に整理されている作物・病害もありますが、トウモロコシのすす紋病についてはメーカーごとに評価基準や表記方法が異なる場合があるのが実情です。品種選びで見落としがちなのが、この耐病性表記の粒度の違いです。
すす紋病菌には複数のレース(病原性の異なる系統)が存在することが知られています。特定のレースに対して抵抗性を持つ品種であっても、別のレースが優勢な地域や年次では、期待したほどの効果が出ないことがあります。産地によって事情が異なるので一概には言えませんが、地域で過去に発生したすす紋病の状況や、地域の試験場・普及センターの情報を参考にしながら品種を選定することが望ましいです。
歴史と豆知識
すす紋病は世界のトウモロコシ栽培地域で広く報告されている病害で、日本でも古くから発生記録があります。特に冷涼多湿な気候が続く地域では、年によって大きな被害をもたらすことがあり、育種の現場では長年にわたって抵抗性の強化が進められてきました。
意外と知られていないのですが、すす紋病の病原菌はもともとHelminthosporium turcicumという学名で呼ばれていた時期があり、その後の分類学的な整理を経て現在はSetosphaeria turcica(無性世代の呼称としてはExserohilum turcicum)という名称に統一されています。同じ病害でも文献によって異なる学名が使われていることがあるのは、こうした分類の変遷が背景にあります。
飼料用トウモロコシの作付面積拡大や、スイートコーンの周年供給ニーズの高まりに伴い、耐病性品種への需要は年々高まっています。各種苗メーカーも、収量性・食味とあわせてすす紋病耐性を育種の重要な評価項目の一つとして位置づけています。
すす紋病耐性の限界と注意点
耐病性品種を導入すれば、それだけですす紋病を完全に防げるわけではありません。ここからが実際の栽培で差がつくところです。
まず、レースの変異による耐性低下のリスクがあります。すす紋病菌は病原性が異なる複数のレースを持つため、現在の耐病性品種が想定していないレースが地域的に優勢になった場合、耐病性の効果が十分に発揮されないことがあります。
次に、環境条件による発病リスクの変動です。多湿な状態が長時間続く年や、朝露が多く乾きにくい圃場条件が重なると、耐病性品種であっても発病が見られることがあります。特に密植や過繁茂による株間の通気不良は、葉面の乾きを遅らせ、発病リスクを高める要因になります。
さらに、他の葉枯性病害(大斑病、すじ萎縮病等)との複合発生にも注意が必要です。すす紋病耐性だけに着目して品種を選ぶと、別の病害への対策が手薄になることがあります。品種の耐病性はあくまで総合的な防除体系の一要素として位置づけることが重要です。
防除のポイント
すす紋病の防除は、耐病性品種の活用を軸としながら、耕種的防除・化学的防除を組み合わせて行うのが基本です。
耕種的防除としてまず重要なのが、前作の残渣管理です。すす紋病菌は罹病残渣で越冬し、翌作の感染源となるため、収穫後の残渣をすき込む、または圃場外に持ち出すことで、次作の初期感染源を減らすことができます。あわせて、トウモロコシの連作を避け、他作物とのローテーションを組むことも有効とされています。
栽植密度の管理も見逃せません。過度な密植は株間・葉間の通気性を悪化させ、葉面が乾きにくい多湿環境を作り出します。品種に適した栽植密度を守ることで、感染成立に必要な湿潤時間が確保されにくい環境をつくることができます。
播種時期の調整も一つの手段です。生育がすす紋病の発生しやすい時期(開花期前後)に病害の進行に対して追いつくよう、地域の気象条件に合わせて播種適期を検討することが推奨されています。
化学的防除としては、発生初期の予防的な薬剤散布が基本です。発病が進行してからの治療効果は限定的なため、過去の発生状況や気象予報をもとに、感染リスクが高まる時期を見極めて散布計画を立てることが重要です。
※農薬の使用にあたっては、必ず最新の農薬登録情報を確認し、ラベルの記載内容に従ってください。
現場の声・実態
冷涼多湿な気候の産地では、すす紋病対策が毎年の栽培計画に組み込まれています。飼料用トウモロコシの生産現場では、耐病性品種への切り替えとあわせて残渣処理の徹底や輪作の見直しを行ったことで、被害の年次変動が小さくなったという声が聞かれます。
一方で、「耐病性品種を導入したから対策は万全」と考えて他の管理を疎かにすると、密植や排水不良といった別の要因で発病が拡大するケースもあります。生産者が品種選びで実際に気にしているのは、耐病性の有無だけでなく、その地域で過去にどの程度の被害があったか、また同じ圃場で他の葉枯性病害の発生歴がないかという点です。すす紋病耐性の表記だけでなく、地域の発生実態を踏まえて品種を比較検討する姿勢が定着しつつあります。
まとめ
すす紋病は、Setosphaeria turcica(Exserohilum turcicum)を病原とする葉枯性の糸状菌病で、冷涼多湿な条件下で発生しやすく、放置すると光合成能力の低下を通じて登熟不良や収量減を招きます。耐病性品種の導入は有効な対策の一つですが、レースの変異や環境条件によって効果が変動する可能性があるため、「耐病性品種だから安心」と捉えるのではなく、残渣処理・輪作・栽植密度の適正化・適期防除を組み合わせた総合的な防除体系の一部として位置づけることが重要です。
品種選びにあたっては、すす紋病耐性の表記とあわせて、栽培予定地域の発生実態や他病害との複合リスクも確認しておくことが、安定したトウモロコシ生産につながります。